名札・ネームプレートにまつわるショートストーリーvol.2
名札・ネームプレートにまつわる、ショート・ショート。今回は「取引先のスタッフさんにまつわる、ネームプレート」を題材にしたストーリー。匿名の会社員さんからの投稿いただきました。
あの子とお茶とネームプレートの話
~ ネームプレートを見ると思い出すことがある ~
以前取引先に行った時の事務のあの子。
髪が長くて、いつもきれいに一つに結ばれていた。
自信のある顔とは裏腹に、挨拶をするとはにかむような笑顔を見せた。
アイロンのしっかり効いたシャツと、ほのかに香る柑橘系の香りが、忙しさの中にいた心にそっと安心を与えてくれた。
胸につけた、ネームプレートとともに。
彼女の淹れてくれるお茶はとても絶妙で、
濃さ、温度、そしてタイミングすべてが最高だった。
お茶を出すときの仕草や細い指をみて、いつもどきどきしていた。
そして少し会話が詰まったとき、うまく進展しないとき・・・
そんな時に彼女の淹れたお茶をのむと、気持ちが入れ替わり、アイディアが生まれ、会議がくるくると回転し始める。
いつも目を合わせるのが照れくさくてネームプレートを見ていたはずなのに、名前は忘れてしまった。
ひとつ鮮明に覚えていることは、そのネームプレートの端のほうに、小さい花のシールが貼ってあったこと。
白い花びらで真ん中に黄色。
彼女のような花だな。と思ってみていた。
クールなイメージの彼女が、会社の友人と楽しく話しながら、小さなシールをネームプレートに貼っている姿を想像すると、なんとなく親近感がわいたことを思い出す。
今でもネームプレートをみると、それが思い出の鍵となって、引き出しをそっと開くのだ。
そこから引き出される記憶は、いつも彼女の記憶で、柑橘系のさわやかな香りと、完璧なお茶。それにネームプレートの端の小さな花のシールが、鮮やかな写真のようによみがえる。
担当を後任に引き継いでしまった今、もうその取引先へ行くことはない。
仕事にも慣れ始めて、がむしゃらに前に進んでいる時期。
そんな時に担当していた取引先だった。
思い返せば、その取引先から学ぶことも多く、社会人として、一番成長できた期間のように思う。
あれからたくさんの時が経ち、彼女の顔や名前を思い出せなくなってしまった。
しかし今でも、あの頃の思い出に出会ったとき、また今日も頑張ろうと思えるのだ。
自分の胸のネームプレートとともに。